当校の 歴史 ( 沿革 )の概要
昭和 23 | 4.1 | 山形県立真室川高等学校(定時制課程)設立認可 |
5.3 | 開校(真室川小学校内)普通・農業・家庭の三科を置く | |
5.10 | 安楽城分校開設(安楽城小学校内) | |
5.13 | 豊里分校開設(豊田小学校内) | |
5.19 | 及位分校開設 大滝・釜渕分室を置く | |
昭和 24 | 10.1 | 校章制定(安彦好重のデザインによる) |
昭和 26 | 5.20 | 同窓会設立 会長 伊藤信夫 就任 |
7.25 | PTA 設立 会長 松沢雄蔵 就任 | |
11.2 | 山形県最上郡真室川町大字平岡 1,651 番地に独立校舎(1,606 ㎡)竣工移転 | |
昭和 27 | 3.8 | 真室川町他五ヶ村(安楽城・及位・鮭川・豊田・豊里)で山形県立真室川高等学校 建築一部事務組合(管理者 松沢雄蔵)設立 |
3.31 | 安楽城・豊里分校廃止 | |
昭和 28 | 4.1 | 通常課程普通科定員 80 名併置 定時制課程普通科廃止 |
昭和 29 | 7.12 | 体育館(545 ㎡)竣工 |
昭和 30 | 3.18 | 調理室・用具室・理科準備室(297 ㎡)竣工 |
5.3 | 校歌制定 作詞 安彦好重 作曲 岸登佐美 | |
昭和 31 | 4.1 | 通常課程普通科定員 100 名となる |
5.3 | 校旗制定 松沢英太郎 寄贈 視聴覚室・家庭科教室・社会科準備室(331 ㎡)竣工 | |
昭和 34 | 3.27 | 現有校地(26,998 ㎡)県有となる |
4.1 | 通常課程普通科定員 150 名となる | |
5.20 | 学校林(分収造林)設定 | |
昭和 36 | 3.31 | 定時制課程募集停止 |
7.30 | 図書館・音楽室(174 ㎡)竣工 | |
昭和 39 | 3.31 | 及位分校廃止、定時制課程廃止 |
4.1 | 全日制課程3学級 | |
7.1 | 柔道場(182 ㎡)竣工 | |
昭和 41 | 10.3 | 体育館ステージ(109 ㎡)竣工 |
昭和 43 | 2.23 | 山形県立真室川高等学校後援会設立 会長 庄司善右エ門 就任 |
3.31 | 校舎等(3,567 ㎡)を本校管理組合より県に寄付 | |
7.12 | 山形県立真室川高等学校施設管理組合解散 | |
10.12 | 創立 20 周年記念式典挙行 | |
12.9 | グランド整地工事竣工 | |
昭和 45 | 3.25 | 生徒昇降口(41 ㎡) 便所(46 ㎡)竣工 |
昭和 46 | 3.27 | 山形県立真室川高等学校スポーツ後援会設立 会長 庄司善右エ門 就任 |
昭和 47 | 8.1 | 全国高校総体 バドミントン 女子団体 三回戦敗退 |
昭和 48 | 8. | 全国大会 バドミントン 女子シングル 福原 二回戦敗退 |
昭和 50 | 4.26 | 校舎前面改築工事起工式 |
昭和 51 | 8. | 全国高校総体 バドミントン 男子シングル 藤沢 ベスト 16 |
昭和 52 | 3.30 | 新校舎竣工 |
7.31 | 倉庫・更衣室(現部室・用具室)竣工 | |
10.31 | 同窓会館竣工 | |
11.2 | 新校舎落成・同窓会館落成・創立 30 周年記念式典挙行 | |
昭和 55 | 8. | インターハイ 陸上男子 200M 元木 第7位 |
昭和 56 | 3.23 | 体育館(1,496 ㎡)竣工 柔道場(269 ㎡)竣工 |
4.1 | 教育目標改訂(現行) | |
6.14 | 体育館落成式挙行 | |
11.9 | 農作業倉庫(現スキー部室棟)竣工(84 ㎡) | |
昭和 59 | 8. | インターハイ ハンドボール部 出場 |
昭和 60 | 1.23 | グランド用地買収(4,797 ㎡) インターハイ ハンドボール部 出場 |
昭和 62 | 2.28 | 銃剣道場竣工 |
昭和 63 | 10.13 | テニス・ハンドボールコート整備工事竣工 |
11.6 | 創立 40 周年記念式典挙行、第1回記念マラソン大会 |